11/04/2007

まだ見ぬ川 Humpy Creek ⑥

地図に載っていないトレイル。そこらじゅうに黒熊の糞があった。しかもまだ新しい。いったい誰がこのトレイルを、どれくらいの頻度で使っているのか・・・。きっとキャビンの所有者が時々手入れをしているのだろう。地図に載ってないにしてはよく踏まれていた。

トレイルは川から離れたり近づいたりしながら、スプルースとコットンウッドの原生林の中へと続いていた。川が見えるところでは必ず魚影が確認できた。だが、どの場所も水深が浅すぎて、鮭たちは私たちの気配を察するとものすごい勢いで逃げていった。この川は、東京の多摩川水系でいえば大丹波川くらいの規模しかないのだ。透明度がとても高く、両岸はブッシュで覆われている。魚は沢山いるが、釣りに適する場所を見つけるのは簡単ではなさそうだった。

ポイントを探して私たちは上流へと歩き続けた。そして、ついにトレイルが消え、川幅が一気に広がる場所へたどり着いた。全長100mほどの大きなトロ場が目の前に広がっていた。そこには今まで見たこともない数の鮭がひしめいていた。アラスカに通いだして何年にもなるが、こんな興奮を覚えたのは久しぶりだった。スプルースの原生林と手付かずの川、そしてそこに毎年押し寄せる鮭の群れ・・・幼いころから憧れていた風景がそこに広がっていた。

1歳半の息子はその鮭の群れを見て、覚えたての単語「fish」を連発しだした。かつて、家庭を持つこととアラスカに通うことは2者択一であり、どちらかを諦めなければならないと思っていた。それが、ある本との出合いから全く考え方が変わったのだった。その本の名前は「The Purpose Driven Life」(Rick Warren著)。2004年に結婚前の私たち夫婦がGaryの家に滞在した際、「これからのお前たちに必要になるから・・・」と手渡された本だった。そのときは、この本がNYタイムズのランキングで74週連続1位を記録した空前のベストセラーであることも知らなかった。

私にとって一番大切な人たちとこの風景と感動を共有できたことに感謝しながら、ロッドケースから#5/9ft.のフライロッドを出し、エッグサッキング・リーチをリーダーに結んだ。このフライはアラスカでは定番中の定番だ。背後がブッシュなので、ロールキャストで少しずつラインを送り出し、対岸スレスレまでフライがとどいたところで流れにラインをゆだね、フライをスィングさせた。タナが浅すぎたのか、一投目はアタリがなかった。次はもう少し上流に投げてフライを沈ませ、ナチュラルドリフトで深いタナを流してみた。そして、オレンジのラインの先がかすかに上流に引かれた。左手でグイッとラインを引いて合わせると、ズシッという確かな手ごたえが伝わってきた。すかさずおなかにファイティング・バットをあててロッドを立てた。#5ロッドは満月に曲がり、魚が尾びれを振るごとにリールからラインが力強く引き出されていった。
(続く)